東京高等裁判所 昭和53年(う)1683号 判決 1979年6月27日
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金四〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
押収してある写真誌一〇冊(当裁判所昭和五三年押第五九二号の一ないし一〇)を没収する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、検察官大堀誠一作成名義の控訴趣意書並びに弁護人飯田孝朗、同水島正明共同作成名義の控訴趣意書にそれぞれ記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。
弁護人らの控訴趣意第一の一及び第一の二の1について<省略>
同第一の二の2及び第二の一について
所論は、要するに、本件各写真誌は、いずれも写真の問題箇所(性器、交接部位等)をたんねんに消去して修正したもので、性行為をそのまま露骨に表現しておらず、徒らに人の性欲を興奮刺激させるものではないから、刑法一七五条にいう「わいせつ図画」に当たらず、税関当局が類似の写真誌について、本件各写真誌におけると同様の修正基準と修正方法を指導してきた事実は、それ自体各写真誌の「わいせつ性」を消極に解する有利な根拠となるものであるのに、本件各写真誌が「わいせつ図画」に当たるものと認定判断した原判決には、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認並びに法令解釈の誤りがある、というのである。
しかし、原判決挙示引用の関係証拠により本件各写真誌が刑法一七五条にいう「わいせつ」の図画に該当するものと認定判断し、これを販売した被告人の所為に同条を適用した原審の措置は、当裁判所もこれを肯認することができるのであつて、当審における事実取調べの結果に徴しても、原判決に所論の事実誤認ないし法令解釈の誤りは存しない。すなわち、原判決挙示引用の押収物件である本件各写真誌を検討すると、被告人が本件において販売したとされる写真誌は、一二種類あり、いずれの写真誌も、写真中の男女の性器及びその周辺部分を黒色で塗りつぶして修正したうえ印刷されているが、これらの各写真における男女の姿態、写真の撮影角度、色感等に右修正の範囲、程度、方法が不十分なことなども加わつて、相手異性の性器を口にくわえ、あるいは、これをなめる等の性戯をしている状況や男女性交の場面(以下、これらを含めて「性行為」と略称する。)であることを明らかに認識することができるカラー写真又は白黒写真が随所に掲載されているものであることが認められ、あたかもこれを見る者の面前において公然と性行為が展開されている状況を彷彿させ、人の官能に対する性的刺激の程度が強く、右性行為の写真が徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの、に当たると認められ、この点について原判決が弁護人の主張に対する判断の一において説示するところは、当裁判所もこれを首肯しうるところである(所論は、原判決が修正した写真の「わいせつ性」について一般論として「残存部分により男女の性行為の場面であることを明らかに認識することができ、しかも、その残存部分のみから、あたかもこれを見る者の目前において公然と性行為が展開されている状況を彷彿させることにより、人の性欲を徒らに興奮又は刺激させるものであれば、当該写真等を「わいせつ図画」と判断することは何ら妨げられない」旨説示するところをとらえて種々論難するが、右の説示に経験則に反するところはなく、「残存部分により男女の性行為の場面であることを明らかに認識することができ、しかも、その残存部分のみから、あたかもこれを見る者の目前において公然と性行為が展開されている状況を彷彿させる」という点においては、現在市中に流通しているポルノ本、あるいは、弁護人が原審で提出した各写真誌には、本件各写真誌と区別しがたいものがあるとしても、それらのポルノ本あるいは弁護人提出の写真誌がすべて「わいせつ性」を否定されたものではなく、また、これが法的に確定しているわけではないから、右ポルノ本及び写真誌の存在をもつて直ちに原判決の説示する「わいせつ性」判断の基準ないし要件が相当でないと速断することはできない。また、原判示の男女の姿態、写真の撮影角度、色感、修正度合等の点において本件各写真誌が他の類似物と比べて具体的にどう相異するかを判決書に逐一説示する要はなく、原判決が本件各写真誌を「わいせつ図画」に当たるとして説示するところに欠けるところはない。)。次に、税関当局における関税定率法二一条一項三号所定の風俗を害すべき図書等を含むいわゆる輸入禁制品の審査の基準、方法如何は、その審査の性格等からして、刑法一七五条にいう「わいせつ性」の判断を左右するものではないのみならず、当審証人大橋弘の証言によれば、本件各写真誌は、税関当局においてすら、わいせつ図画として輸入禁制品にあたると思料されるものであることが認められ、このことから、税関当局は輸入禁制品の審査にあたつて本件各写真誌におけると同様の修正の基準、方法を指導しているわけではないことが認められ、この点に反する被告人の原審及び当審公判廷における各供述並びに原審及び当審証人居村方治の各証言はたやすく措信しがたいから、税関当局が本件各写真誌におけると同様の修正の基準、方法を指導しているとして本件各写真誌の「わいせつ性」を否定する所論はその前提を欠き失当である。論旨は理由がない。
同第二の二について<省略>
検察官の控訴趣意について
所論は、要するに、被告人を罰金二〇万円に処した原判決の量刑は軽きに失し不当であり、原判決は破棄を免れない、というのである。
そこで、記録並びに原審で取り調べた証拠を調査し、当審における事実の取調べの結果をしんしやくして検討すると、次の情状が認められる。すなわち、本件は、被告人が同種事犯による刑の執行猶予中及びその猶予期間経過後にかけ、また、本件で保釈後もなお、長期間犯意を異にして多数回にわたり「わいせつ図画」と認められる原判示の大量の写真誌を多額の対価を得て販売した事案であつて、その犯行の罪質、動機、経緯、態様、社会に与えた影響、被告人の多額の利得、前科関係等に照らし、犯情芳しくなく、その刑責は所論指摘のように軽視することを許されない。しかし、本件各写真誌は性器及びその周辺部分が黒色で抹消され一応の修正が施されており、右修正により「わいせつ性」の程度が特に強いものとは認められないこと、被告人の法無視の態度が著しいとは認めがたく、今後の遵法も期待し得ないわけではないこと等の原判決の指摘する事実も是認することができるのであつて、これに加えて、被告人の年齢、経歴、職業、家庭の状況、前刑の執行猶予期間がすでに経過していること等量刑上被告人に有利な又は同情すべき諸般の事情を併せ考慮し、この種事犯に対する量刑の実情をも勘案すると、敢えて懲役刑を選択せず罰金刑に処した原判決はこの限りにおいて首肯しうるものの、罰金額二〇万円は、本件の芳しからざる犯情に照らし、軽きに失し、この点で原判決は破棄を免れない。論旨は結局理由がある。
よつて、検察官の本件控訴は理由があるから、刑訴法三九七条、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、被告事件について更に次のとおり判決することとし、弁護人の本件控訴は理由がないけれども、原判決は右のとおり破棄されたので、主文においてその言渡しをしない。<以下、省略>
(金子仙太郎 下村幸雄 小林隆夫)